何日か前にあった出来事で、少しだけ違和感を感じる出来事だった。大した出来事ではないのだけど、そのまま寝かせておいて、なんとなくその時感じた違和感を説明できるようになった気がするので、書いてみることにした。
先日、カインズホームへ熱帯魚を買いに行った。なんだかんだと、閉店間際になってしまい、急いでワンニャンコーナーへ向かった。
お目当てはネオンテトラで、それとオマケでもう一種何か買おうかなぁと思って物色していると、アフリカランプアイと書かれた水槽に、目が光っているメダカがいたので、可愛いかったからそれを買うことにした。
閉店間際で時間が無かったので、店員さんをそそくさと呼んで「ネオンテトラ10匹、アフリカランプアイ5匹下さい。」と言い、水槽から持ち帰り用のビニール袋に入れてもらう。
網ですくって獲るのだが、生き物なので勿論逃げ回る。店員さんが手こずっていると、後ろからいきなり、
「ねぇ、魚買うの?」
と子供が話しかけてきた。小学校一年か二年ぐらいの子だろうか。ちょっとだけ、親がヤンキーかな?って言う雰囲気がある。なんだろう、髪型かな?
「うん、買うよ」と言い、それ以上何も言わなかった。すると、
「それ、いくら?」と聞かれ、
(なんで言わなあかんねん)と思いながらも、「1匹140円」と答えた。
辺りを見回すと、閉店の放送が入り、その子の親らしき人も見当たらなかった。店員さんと子供と僕の三人きり。
「何匹買うの?」と質問が止まない。
「10匹。」と、めんどくさいから聞かれた事だけを答えるスタイルを貫くことにした。
「10匹でいくら?」と子供。
(ほっとけや)と思いながらも「10匹で千円」と答えると、
「やっす!!」と言い放った。
(うっさい、お前に1000円の価値わかんのか)と心の中でつぶやき、何も答えなかった。
そして店員さんがネオンテトラ10匹を苦戦しながらも袋に入れて、次はアフリカランプアイの水槽を開ける。
「こっちも買うの?」と予想通りの質問が来た。
「買い過ぎじゃない??」と続ける。
(早く親んとこ行けや)と思い、「そお?」と精一杯の「これ以上話しかけるなビーム」を放ったのだが、失敗に終わる。
しばらくそんな平行線と言うか、進入禁止テープの貼られた会話を続けていたら、「〇〇行くよー」とその子のお姉ちゃんと思われる子が迎えに来た。そして、お姉ちゃんと一緒にレジの方へ消えていったのである。
ほっと一息ついたのも束の間、なんだか違う世界に引き摺り込まれたような感覚に陥った。
「ねぇ、魚買うの?」と言う文章は、常識や多くの前提を持った人間の間には交わされない言葉だ。
その時僕は、なんだか追い剥ぎにでもあったかのような、無防備さを味あわされていた。
例えば、イヌが見ている世界で、ある部屋を見渡したとすると、ソファとクッション以外は全て障害物と認識しているらしい。それが犬の見えている世界だ。
ひょっとすると、その子は「動くもの皆友達」と言う世界を生きているかもしれない。
そして、その世界に片足をつかまれ引きずり込まれた感覚があった。
「ねぇ、魚買うの?」
普段出会うことのない文章から、僕の会話のバリエーションの少なさに気づかされてしまった。
もし、人と出会い、この人と友達になりたい思うシチュエーションがあったとする。こちらは大人だから常識がある。しかし、常識がある分、不利に働く事がある。
今までは常識とはコミュニケーションを円滑にする潤滑油だと思っていた。だが、潤滑油と言うよりも、お互い傷ついたり傷つけないようにするための「プロテクター」、もしくは「間合いを取る」「いい距離感」と言った方が近いのかもしれない。
「人に迷惑をかけてはいけない」「空気を読め」「子供は無視しない」など、いつのまにか誰かに刷り込まれた価値観が、いったいどれくらい大切なのだろうか。
これがヨーダが言う「アンラーンしろ」の意味なのだろうか。
「一度学んだものをアンラーンしろ」
ひょっとすると、あの子は僕が身につけていた常識という名のプロテクターをおもむろに掴んで、地面にバンッと投げ捨てたのかもしれない。
幸いにして大人のプロテクターは一個にあらず、複数持っている。
その子が投げ捨てたのは右脇腹を守っていたプロテクターだったのだろうか?
てか、いきなり後ろから話しかけないでね。
皆様もカインズホーム清河寺店にお越しの際はくれぐれもお気を付けて。
以前、モンスター親子と登山に出かけてから、子供に話しかけられる機会が増えたような気がする。何か周波数の違う世界線に迷い込んでしまったのだろうか。あの親子のせいだ。間違いない。