ここまで陰の力が強いとは、、、

今日は暗い話。

コロナ、景気低迷、失業率、消費税、芸能人の自殺、今年は本当に散々だな。

「ここまで陰の力が強いのか」と思い知らされる。

僕は仕事柄、アプライドキネシオロジーを勉強していて、それには東洋医学が織り込まれている。それと趣味も兼ねて中国の古典もたまに読んだりする。その中でも「易経」が僕のお気に入りだ。僕は結構この本に助けられたことがある。今でも僕のトランキライザーとして定期的に読み直したりしている。

易経本でもいろいろあるけど、中でも竹村亜希子先生の易経本は数冊読んだ。分かり易くておすすめ。どの本も内容がかぶること多々ありだけどw(乾為天と坤為地がメインテーマ)

おそらく、僕の周りで易経を読んだことがある奴は一人もいないだろう。名前さえも知らないと思う。なんで僕が易経に興味が出たかと言ったら、「うまくいっていない時」が長らくあったからだ。

整骨院を経営していた時、初めの数年間はがむしゃらに働いて、がむしゃらに働けば働くほど、働きが数字に反映され、右肩上がりに伸びた。しかし、数年するとグラフのピークが過ぎ、折れ線グラフは波を打ちながら下降していく。その時は、どんなにがむしゃらに働いてもグラフは下降を続けていく。何をやっても一向に経営環境は良くならない。PDCAを回し、広告宣伝費もかけ、患者さん満足度が上がるようにサービスの質も上げるよういろいろと試した。接客のマナーや言葉遣いまで改善を試みた。まさに万策尽きたころ易経に出会った。

易経を要約するとこうだ。

「この世界は一定じゃないよ」

この一言だろう。

良い時もあれば、悪い時もある。

だから良い時に調子コクな。悪い時に腐るな。簡単に言えばこんな感じ。

この世は相対的なもの。良い時があるから、悪い時を感じてしまう。逆に悪い時が在るからこそ良い時と感じることが出来る。まさに陰と陽。陰と陽は分かれておらず一つの事象の見方を変えたもの。

確か「人間万事塞翁が馬」に出てきたじじいも易者だったかな?

易経に限らず、陰陽五行説によると今年ネズミ年が象徴するものは方角で言えば「北」、時間で言えば「24時」、五行で言えば「水」、陰の力が一番強い時らしい。そうだとすれば、これから六年後の巳年からが陽に転じる。なので、これから最低3年間は陰の時代(真夜中の時代)を僕らは生きるのかもしれない。(4~6年後は夜明けの時代。そして朝を迎える)

こんな時に頑張るのって下手したら命取りになる可能性がある。今までうまく回っていた歯車がちょっとした食い違いで、全体がギクシャクしだしているのに、仕事、収入が頑張れば思い通りになるなんて、今は思うべきじゃない。「仕事=アイデンティティ」この価値観から一度距離を置くことを強くお勧めしたい。仕事、収入、思い通りになる世の中はとうに過ぎ去った。何もかもが思い通りにならないことを前提に生きないとメンタルきついと思う。

なんだったら頑張って「頑張らない」ように努めたほうがいいと個人的に思う。

こんな時、成功者の話なんて聞かないほうがいい。人の心はいつの世も物事を言い切る人に先導されてしまう。こんな時代は特にそうだ。しかもそれはいつだってミスリードだ。だって世の中言い切れるほど単純じゃないもん。

「~の可能性が高い。」「どちらか、まだわからない」真摯な研究者ほどこういう言い方をする。

「これはこうだ。」「実はこれが原因だから」こういう言い方する人ロクなもんじゃないよ。

人は右肩下がりに耐えられるほど強くない。ましてや「どちらか、まだわかない。」という回答を受け入れられるほど強くもない。こんな時こそジタバタしてしまうのが人間だけれども、流れに逆らって泳ぐと体力だけ奪われて、岸に帰れずに命を落としてしまう可能性がある。

人生の中で「本気で頑張らない」こんな時間があってもいいじゃないか?パンデミック関係なく、人の仕事は減っていく。仕事が減ると暇ができる。暇を乗り切るにはどうすればよいのだろうか?

それは、「遊ぶ」しかないのではなかろうか。

高城剛が言ってたけど、これからは「余暇」が「主暇」になり、暇な時間をどう過ごすかが時代をサバイブするカギだと。

生活を可能な限りダウンサイジングし、余力を温存し「遊ぶ」。その生き方激しく同意。それには登山がサイコー。金もあまりかからんし。

人間万事塞翁が馬で、じじいの息子が落馬して足を骨折した時に「これは良いことが起こる前触れじゃ」と、じじいは言った。

そう、今は良いことが起こる前触れなのかもしれない。少なくとも3年後。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA